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パニックの地雷

ちょびはよくパニックを起こすのだが、その「きっかけ」になるものが必ず存在する。
わかりにくいことも多いのだが、5年以上も付き合ってきて、最近かなりわかるようになってきた。

その「きっかけ」をわがやでは地雷と呼んでいる。何も知らないでうっかりその地雷を踏んでしまった人たちは「な、なんでこんなことで???」と目が点になるのだが、ちょびなりの理由があるのだ。

その地雷は2ヶ月ほどで移り変わっていく。例えばかなり小さい頃には積み木だった。積み木を見るだけで泣くのだ。どこかで「上に高く積み上げたかったのに、うまくできなかった」経験をしているため、積み木で遊ばなくてはならない場面になると「きぃぃぃぃっ!」とパニックになる。それがなにかの拍子に「あれ?積めるじゃん」という成功体験をするとするりと憑き物が落ちたようにパニックはなくなる。その代わりにやってきたのが知能検査でも必ずあるひも通し。これはかなり長い間地雷であったのだが、わがやでかなり穴の大きくて紐の太い簡単なものを買ってやってできるようになったら、けっこう小さなビーズも通せるようになった。

言葉がどんどん出てくるようになると、地雷は言葉に由来するものに変わっていく。

地雷が色の時期があった。「あか」と「あお」がどうしてもあやふやなのだ。弁別はできるので色を認識できないわけではなく、命名ができなかった様子。音も似てるので混乱したのだろう。「この色、何色?」なんて聞こうものなら「ナンだろ?あかかなぁ、あおかなぁ、ちょびわかんなぃぃぃぃ!」とパニックだ。それがひと段落着くとひらがなを続けて読むことが地雷になった。一文字ずつは読めるのに、続けて読めなくて「ちょびは読めないんだよぉぉ!」と泣く。

そして5歳7ヶ月現在、ちょびの地雷は「かず」だ。数字は読めるし、数唱も一人で100くらいまでは数える。が、数の概念はそれとは別物。ものがいくつかるか、1~3まではぱっと見てわかるらしい。4つになると急に不安になり挙動不審に。5個以上になると「なんこかなぁ?なんこなんだろぉ?」とパニックモード。ゆっくり指で数えさせるとちゃんと「1,2,3,4…8,9」と上手に数えるのだが、「で、何個だったの?」と聞くと「5こかなぁ?」(泣)。

というわけで、今は「これは何個?」はわがやでは禁句なのだ。

今日、ポーテージプログラムの先生がやってきて(月に一度、ちょびの発達を見てくれている家庭教師のような先生)その地雷を見事に踏んだ。もちろん発達を見てくれる先生だから、毎回地雷を踏まざるを得ないのだが、それまでニコニコと課題に取り組んでいたちょびのあまりの豹変ぶりはすさまじい。

もうお分かりのことだろうが、結局、地雷とは「もうすぐできそうな段階の課題」なのである。まったくできないものならばパニックにもならないのだが、「できそうだけど、できないかもしれない」という自信のなさがちょびの不安となってパニックにつながるのだろう。

地雷がはっきりしている時期はこちらからどんどん情報を入れてやる。「これは何個?」ではなく「5個あるね。ママが数えるね」そうするとちょびはぶつぶつと一人でつぶやいて頭にインプットしていく。こうしてどんどん外界と自分の中の答えをつき合わせて、自信がついてくるとある日勝手に「できた!」と自己申請するのだ。その日が来るまで母は決してこちらから「何個かな?」とは聞くまい。

ちょびの発達はなめらかな右肩上がりではなく、段々のある階段状だ。停滞している時期を過ぎて、ぽこっといきなり上がる。停滞しているように見えて、実は自信を溜め込んでいる時期なのだ。そう思うと、本当にちょびが愛しくなる。1~2ヶ月の短期スパンではちょびの成長は見えない。1年2年単位で見なければ。そのためにも記録し続けることは本当に大切だと思うのだ。忘れちゃうもんね。

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