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なぜ唄う?

ちょびはよく唄う。普通は機嫌のいいときに歌が出るのが一般的だが、うちのちょびの場合、悲しみや怒りやストレスが頂点に達すると唄うのだ。

どんな歌かは関係ない。そのとき頭にある歌が怒りの声とともに歌となって出る。当然大きな声だし顔は引きつってるし、音程もはずれてるし尋常じゃないムード。普段あまり問題行動がなく、一見して障害のあるようには見えないちょびが周りの注目を集めてしまうのもこんなとき。

言葉がほとんどなかった2歳の頃から、怒りながら唄っていた。言葉がどんどん増えて、ほとんど日常生活には支障がないほど話すことができる今でも、極限に達すると言葉ではなく歌になる。

この行動を「自閉的だから治したい」というのももちろんある。恥ずかしいし、見ていて切ないし、将来のことが頭をよぎってしまうのもこういう時だから。でも一番問題なのは「ちょびが困っている、怒っていることが周りにうまく伝わらない」ということ。下手すると「くすっ」と笑われてしまう。本人は「助けて!」と極限状態なのに。

なぜ言葉が出ないんだろう。普段(ノーマルモード)は「痛い」「いや」「キライ」「やめて」「やりたくない」と言えるのに、なぜ言えなくなってしまうんだろう。

パニックを起こしているときのちょびの頭の中を覗いてみたい。たぶんものすごい情報の嵐(現在の分と過去の分)がうずまいて何がなんだかわからないんだろうな。そんなときはぎゅっと抱っこして「痛かったんだね」「イヤだったんだよね」「悲しかったね」と気持ちを言葉にしてやると、すぅっと落ち着く。でもぎゅっと抱っこするのをいつまで続けられるか。男の子だしどんどん体も大きくなる。いずれは自分で落ち着く方法を見つけなければならないだろう。

ちょびは自分で自分を落ち着けるために唄っているのかもしれない。知っている歌。好きな歌。それを唄うことで「大丈夫!」と自分に言っているのかもしれない。そう思うと「恥ずかしいから」なんて言っている自分はなんだろうと思う。

ちょびへ。悲しいとき、つらいとき、人は誰かに「助けて」と言ってもいいんだよ。ちょびも「痛いです。助けて」「悲しいです、やめて」って言えるといいね。何もかも自分で背負わなくてもいいんだからね。みんなに助けられながら生きていく、そんなちょびでいいんだからね。

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めめのつぶやき(日記)」カテゴリの記事

コメント

めめさんお久しぶりです。

歌うのはやはりストレスを減らし、安心するための行動だと思います。それはそれで大切にしてあげて、人が大勢いる場所など歌うのがあまり好まれない状況では、代わりにどうすればいいかということを一緒に探していけばいいのではないかと思います。

ところで、3月4、5日の学会で杉様にお会いしました。
本当にすてきな先生ですよね~。

本当に親として切ないですよね~。
彼ら彼女らは、心の中まで障害されているわけではなく、ちゃんと「悲しい」「くやしい」「つらい」気持ちは同じくかんじてるんだもんね。その発信の仕方が私たちと違うというだけで。

「こういうときが『悲しい』っていう気持ちなんだよ」
「これが『つらい』ってことなんだよ」
もちろん「うれしい!」ときも。

それをその場を逃さずていねいに伝えていくしかないのかな?と思います。自分の気持ちが相手に伝わったときのうれしさや充実感を早くしってほしいなぁ。

ぼちぼちがんばりましょうね。

ちょびくんもストレスの頂点で「唄」がでるんですね。うちの娘もそうです。
大好きなパソコンのやりすぎを注意された時など(かえるの唄のメロディで)「になにのになに~」てな具合で出ます。
そういう姿を見るのはつらいです。なんとか感情を表現する方法を身につけてと願うばかり。。。どうやったら教えることができるのかと、う~ん非力な親父ですね。

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