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頼れない女

私は人に「お願いね」と頼ることができない。なんでも「私が自分でやらねば」と全部背負い込むタイプだ。一見責任感が強いように聞こえるかもしれないが、実は人を信頼していない、かわいくない女なのだ。


そんなわけで、ちょびの障害がわかったとき、私の「私が何とかしなくっちゃ指数」は異常に高かった。「誰か助けて~!」と涙を見せて頼ることもせず、私はひたすら自分で情報を集め、方法を模索し、あちこち駆け回った。本を買うのも、講演会に参加するのも、親の会に入会するのも、パパに相談することもせず、すべて事後報告するのみで一人で突っ走った。夫婦でちょびの療育に対して温度差があるのは当たり前である。私がそうさせてしまったのだから。今頃「パパはちょびのことをちっともわかってない!」と怒っても、そりゃパパがかわいそうと言うものだ。

通園施設に通っていた時も、経験豊富な先生方に「おまかせします」という気持ちにはなれなかった。実質的には日中ちょびの体を預けていても、いつも私の頭の中はちょびでいっぱいで、自分ひとりがちょびのすべてを抱え込んでいる気でいた。いわゆる専門家という先生方に色々相談に乗ってもらっても、最終的には私が日常実践するのだ、という心の重責は増える一方だ。(ちなみにT先生の作業療法の時間だって、私は参加しまくりだ。きっと先生もやりにくいだろうと思う。こんな母で本当にすみません…)

公文の教室に通っているはずなのに、教室でふざけてプリントにぐちゃぐちゃ書きして帰ってくるちょびを見て、私は早速ファイティングポーズをとる。家では毎日の宿題をきっちりと徹底的に厳しくやる!おふざけは許さない!ちゃんとできる子なんだから!やっぱり私がやらなくちゃ!誰も頼るもんか!

でもちょっと考えてみて。公文の先生は「ちょびが公文を好きになるように」と心を砕いてくれているのではないの?ちょびが大喜びで教室に通っているのは、そのおかげかもしれないのに。

そう、ちょびがここまで伸びてきたのは、実は大勢の人たちの一生懸命なかかわりがあってのことなのに、私はそれでも「ちょびのすべては私のがんばりにかかっている」と思い込んでしまう。頭ではわかっていて感謝しつつも、私は自分の手を抜くことができないのだ。

その結果、ちょびは私の顔色をうかがう子になってしまった。なんでも「○○していいですか?」と私に聞く。お勉強をしていても、「これでいい?これでいいの?」と私が「正解!」と言うのを待っている。ちょびは私の前では従順だ。イヤ~と最初はごねていても結果的にはちゃんとやるまでやらせる。泣いてもやらせる。そのときの私はオニのような顔だと思う…。

でもね…。最近、本当に、本当に疲れた…。私だってちょびの優しいママになりたい。いつもニコニコしていられるママでありたい。

小学校入学がそのいい転機になれたらいいな、と思う。学校の先生に「ちょびをお願いします」と素直に委ねられたらいいなと思う。せめて家では「学校がんばってきたの、えらかったね~」と優しく抱きしめて、にっこり迎えられるようになれたらいいな、と思う。

日常生活のスキルの多くは、家庭で日ごろから母親が教える必要があるだろう。でもすべてを母親が抱え込むのは酷だし、第一無理であり、お勉強が加わればなおのことだ。

考えてみたら、お兄ちゃんは本当にまわりにお任せしてるな~。勝手に公文で割算までできるようになっちゃって、おともだちのりょうくんの家族にはよく預かってもらって本当にかわいがってもらってる。カブスカウトだって喜んで参加して、母の知らない世界をちゃんと持っている。本人にそういう力が備わっている、と言ってしまえばそれまでだが、安心して周りに頼っている私が、ちゃんとそこにはいるではないか。

そうやって信頼できるところをいっぱい作って、ちょびも「母のいらない世界」を作ってほしい。そのために、私はじょじょに、ちょびから手を引いていかないといけないんだよね…。

あんまりがんばらないでよ>自分。ちょびはあんた一人のもんじゃないんだよ。ずっと家にいるわけじゃないんだよ。これから社会で生きていく人にならなくちゃいけないんだよ。

ちょびの自立を一番ジャマしていたのは、じつは私だったのかも、しれない…。

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めめのつぶやき(日記)」カテゴリの記事

コメント

snowさま、まいどです。
以前あなたに「もっと子離れしなきゃ~」とえらそうに語った私。あの時のあの言葉、そのまま自分に返しますっ(恥)。

本気で「ゆだねる女」になろうと思います。そのために地域の資源をきちんと学んで、上手に活用しなくちゃね。また色々教えてください。「人まかせで無責任な母」と「上手に人にゆだねる母」は違うんだよね!そこんとこ、snowさんを見習って私もじょじょにやってみるね!ありがと~。

めめさん、こんにちわ!だいぶ凹んでますね(^^;)子育てはすぐに結果が出ないので行ったりきたり迷い道のようです。けれどこれでいい!これでいいはず!と思わなければ登れない坂もあります。私もりょうちんの手をずっとずっと握り締めて歩んできました・・・・そう、学校に行くまでは!入学して3ヶ月ほどたったころ私の前を歩く姿がすご~くたくましく見えて『僕一人であるけるよ』と言われている様で、子離れできない母の心に一石を投じた光景でした。めめさんの心の変化はちょびくんが『もう大丈夫だよ』とサインを出しているのかもしれませんね。これを機に『ゆだねる女』を演じて見てはいかがでしょう^0^

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